自分のことを振り返る




このマイナス面ばかりの愚痴を掃き溜めたブログですが、書き始めたのが2013年の秋。
あっという間に8年目に入りました。

更新頻度は落ちていく一方で、楽しみに見てくれる人もいなくなったのだろうと思っています。
それだけに、更新をしなくても。
新着を書かなくても。
僕としてはまったく気にもならなければ、いっそのことサクッと消し去って、マイナスなものはウェブからも抹消してしまいたいくらいです。

書き始めたのは結婚数ヶ月のころ、思っていたのと違うなというところから、ブログを書き始めました。
はじめは結婚生活らしく、夜のことも書いてやろうかと思っていたのですが、自分で振り返り文字にすると、これほどに恥ずかしいことは無く、創作ならともかくリアルは書けないなと思いました。

それから口に出せない愚痴が増え、その間に子供ができないという自分の体質が分かり。
お互いに苦労を重ねながら、悶々とした気持ちを発散することもできず、思っていたのとは違う結婚生活に理想と現実の乖離を感じ。
良くないと思っていながらも、浮気心が芽生えたり、そんな勇気も無かったりしているうちに、人工授精で子供を授かり。

仕事は個人自営主で、世間の波に煽られ揉まれまくって、今年は生きてこられたけれど、来年はどうだろうか?という日々を送っていました。
堅実派の妻とは、ここでも意見が合わず、考え方も理解されないまま、僕も妻の意見を素直に聞けないばかりか気持ちに寄り添うこともできず。
何度も衝突を繰り返しました。

子供ができる少し前、妻の父は亡くなりました。
孫の顔を見ることができずに旅立っていくことを目の当たりにし、思うところもありました。
妻の心の拠り所をひとつ失ったようにも見えました。
そこで家を建てるという決意をしました。

妻が僕のところへ嫁に来て、慣れない土地での生活、慣れない共同生活を送っていく中で、解消のできないストレスや見つけることのできない居場所を、少しでも和らげることができるのではないかと考えていました。
ただ、ここでも意見が衝突し、考え方が一致しないことばかり。
基本的に僕以上にネガティブな妻は、吐く言葉のほとんどが後悔から始まり、前向きな行動に移るまで相当の時間と言葉が必要になります。
僕もネガティブな気持ちを持っている方なので、妻の言葉に引っ張れまいと心を強く保つのが苦痛でした。

ただ運が良いのか、時間が経つと、どうしようもなかったことが解決していく物で、子供は無事に産まれるし、家も無事に建ちました。
そこから僕のローン生活が始まりました。

毎年、今年は暮らしていくことができた、来年はどうしたら良いだろうか、20年後は生きていられるだろうかと不安で心拍数を上げていたのですが、そこにさらなる負担が加わったことになります。

ただ、新しい家は快適で気持ちも健全に保つこともできました。

そうこうしているうちに、義母にも大病が見つかり、妻は数年も経たないうちに両親とも大変な目に遭ってしまいました。
幸運なことに回復の見込みも多く、治療をすることもできたので、妻は生まれたばかりの子供を連れて、しばらく実家へと帰っていきました。

僕は新築の家にひとり取り残され、久しぶりの一人暮らしの快適さや、家族の温かさが無くなった家の中で、複雑な気持ちでいました。

ただ羽を伸ばすとはこのときのことで、自分の仕事を目一杯に取り組むことができ、また欲望のままに過ごすこともできました。
趣味に時間を費やすのも良いですし、色沙汰に費やすこともありました。

そして、なかなか意見や考え方の合わなかった妻との関係に、結婚前に付き合っていた彼女とを重ねてしまい、どうしてこうも違うのかと悩むようにもなりました。
妻とはいちいち意見が合わずにケンカのような話し合いしかできない。
以前の彼女は話しを聞いて諭すようにしてくれたり、間を埋めるように自分のことを語ってくれた。
と。

ただ、連絡を取ることは彼女を悲しませることにもなり、昔の思い出に浸るのもいい加減やめておこうと思いました。

義母の治療もひと段落し妻は戻ってきました。
しばらく会わないうちに成長した子供は、どういうわけか接点の少なかった僕になつき、不思議な気持ちでした。
子供が生まれるまでは、タイミングや体調を見計らって、義務的に行っていた烏夜の営みもすっかり無くなりました。
それはそれで気楽であり、つまらなくもありました。

しばらく何ごともない静かな生活が続き、子供が1歳半を過ぎたころ。
もうひとりの子供を授かりたいという妻の思いを叶えるため、改めて不妊治療をはじめ、体外受精を行いました。
1回や2回では成功せず、何度か繰り返してふたりめを妊娠。

無事に産まれ授かることができました。

特に何ごともなかったとはいえ、意見が合わないことや、考えが理解できない・されないことは多く、夫婦生活に思い悩むことは多かったのですが、懐いていた上の子を手放すことも、その子を片親にさせてしまうことも考えられませんでした。

ただ、ブログという愚痴の掃き溜めと、ネガティブの巣窟には、そういった感情を全て書き連ねることで、自分の脳内からは消し去ることができるようにも思いました。

子供は相変わらず懐いてくれていて、こんなどうしようもない父親でも必要としてくれます。
妻は以前のように自分の考えを押し通すようなこともなく、僕の仕事に理解を示し、できるだけ僕に自由な時間を与えてくれます。
前とは変わったように感じることと、変わらないことに感謝をしながら、なんとか今年を生きることができ、来年も生きられるのでは無いかと思っています。

そして、悲しませることにならないように、関係や縁を断ち切ろうとしていた彼女とは、前よりも繋がりが強くなりました。
連絡を取ることも止めていたのに、何かの拍子で話すことがあり、仕事の合間に会う時間もありました。

第一に子供のことを考えていますが、僕の仕事や取り組み方に寄り添って言葉を掛けてくれた彼女のことも、懐かしさや有り難さ、助けられた想いを忘れることができず、いくら妻が助けてくれていても埋められないところが目については、彼女のことが思い出されます。

決して喜ばれることではないのは分かっていますし、むしろ責められることで、世間的にも悪だと分かっています。
いくら話をするだけとはいえ、共通の時間を過ごすことや、連絡を取ることは許されないのだろうと思います。

ただ、縁を切れない弱さや、特別な思いがあるのだと思います。