ブログなんて忘れてしまうほどの存在感

2019年8月6日




僕は筆まめな方ではありませんが、それでもブログを書き始めたら、それなりに大切に書き連ねていけると思っています。
このクソブログですら、公開してから数年。
何度もやめよう閉じようとしながらも生き残っているのですから。

とはいえ、そんなブログもすぐに忘れてしまう程度の存在感しかありません。
僕のことなど、僕自身が書くことを忘れるほどでしかないのです。
だからこその薄い存在感。
それでも生き残らせているブログに価値があるのか?と疑問を感じることもあります。

SNSが流行始めてから、Twitterが世に出てから、スマホを手にするようになってから、ブログという文化は筆まめ以上に、文章を書き溜めていくことが快楽にならないと続けて行くことはできないと感じるようになりました。
特にTwitterのように気軽な物で楽しんでいると、140文字以上の文章は考えることも面倒くさいのです。

手軽にそのとき思ったものを発信し、そこに対してフィードバックを受ける。
受けるのも手軽。
それであれば、わざわざ時間を掛けてブログなんぞを書くのは手間なのです。

それこそが存在感が薄くなっていく原因で、ブログというものだと思います。

ただ、そんな薄い存在感でも見てくれる人は少なからずいるわけで、流れていかずにそこに留まっているものという価値があります。
過去の文章を探し出すことに長け、リアルタイム性の高いSNSには無い良さがあります。
それは財産であり、負の遺産でもありますが。

なんにしても、僕にとっては存在感が薄いものというだけのブログになっています。