ふたりめチャレンジの顕微授精をする

2018年7月23日



ふたりめの子供を目指して、何度目かの顕微授精を受けました。
妻は何ヶ月も前から計画し、この日に向かって体調を整えていました。
僕は1ヶ月ほど前から体調を知り、病院へ行くのかどうかを知ります。
一人目の子供を授かったときから不妊治療をし、顕微授精まで進んでようやく新しい家族を得ることができたのですが、不妊治療において男は無力で、できることといえば家のことをするくらい。
それも妻がやることには遠く及ばず、掃除をしても気が付くところは限られ、夕飯の準備をしても用意できる料理の数も限りがあり、いきなり始めようとしても上手くはいきません。
ひとり暮らし経験はそれなりに長かったですし、下手ながらも料理もします。
盛り付けも気をつける程度のことはします。
それでも毎日それを繰り返している妻には敵わないことがようやく分かってきました。
分かるということは、良いことも多々あるのですが、逆に諦めがついてしまうこともあり、僕が一生懸命野郎ともこの程度、だからからそれ以上はしなくても・・・という気持ちにもなります。
以前はできたことができなくなり、いざその場面になって違和感がありました。
僕はこの程度だったのか?と。
不妊治療も回数を重ねるごとに段取りが良くなり、要領よく治療を続けて行く妻と、いつまで経っても不慣れな僕と。
もともと僕の男性機能が足らないところからの不妊治療でした。
それだけに妻の負担が大きくなってしまうことは申し訳ないという気持ちがありながら、その気持ちと反して生活空間を快適に保てない自分に、なんとなくのプレッシャーを感じていました。
子供はいれば楽しい毎日があるのかもしれません。
ひとりでも。
可能性があるのなら、ふたりいれば知らなかったことが発見できるかもしれません。
それが分かっていながらも、なんとなくのプレッシャーに慣れることができないまま、本当に良いのか?という疑問を抱え、先々の収入や生活に不安を感じ。
妻に話すことができないまま、疑問と不安と、自分の体調がいっこうに芳しくならないことと。
もう言葉にし尽くすことができない気持ちでいました。
それもまだ続いています。
将来のことはなるようにしかならず、流されるように生きていくのが僕らしいと思っています。
そのときに合わせて自分を変化させていくことができると。
そうなりたいとも思っていました。
もう子供を授かる可能性もかなり低い年齢になりました。
日々の体の変化からも強く感じています。