産休から「2人目はどうする?」と言われてからのこと

子供が生まれて妻の産休が終わって、半年が経ちました。
義母の体調不良もあり産休のほとんどを妻は実家で過ごした妻とは、我が家に戻ってきてからしばらくギクシャクとした時間が長く、何ごともうまくいかない状態でした。
結婚した夫婦とはいえ半年以上も別々に暮らし、それぞれのリズムで生活をしていると、合わないことも多々あります。

僕は僕で独身のような生活を送り、勝手気ままな時間を過ごしていました。
それに引き替え、妻は生まれたばかりの子供から片時も離れずに、自分のための時間やリズムなど作ることもできませんでした。
単に半年以上バラバラの時間が過ぎただけではなく、それまでの生活が一変した妻と、さらに気ままな時間に過ごした僕とでは、リズムが合わないのも当然だと思いました。

妻が家に帰ってきてから、僕は僕なりに家の中を清潔に保ち、できるだけ子供の面倒も見、その中で仕事とのバランスに悩みました。
しかし、妻は産休が明けて1年振りに再会した仕事の疲労と、僕のする家事や育児が期待通りではなかったことに心を乱し、鋭い言葉や配慮の無い言葉が発せられる日が増えました。

子供が生まれてから1人で過ごす父親というのも寂しく感じましたが、一緒に住み始めた途端に怒られてばかりいる毎日も辛く、何ヶ月か気持ちを閉ざすような日が続いていました。

いつからかそれに慣れたのか、徐々に息が合ってきたのか分かりませんが、日々の辛さも薄れ、少しだけ心に引っかかる物がありながらも普段通りの生活が送れるようになりました。
そこで妻から言われたのは「2人目はどうする?」ということ。

僕は男性不妊症ですし、それが改善したという手応えが無いどころか、むしろ衰えは加速度的に続いていると思っていました。
妻もそれは把握しているせいか「2人目」という言葉と同時に「病院へ」と言われました。
それは自然に子供を授かる行為は飛ばして、病院のお世話になるところからスタートしようということだと感じました。
男としての機能だけが求められ、存在やそこに至るこれまでの努力は考えられていないのかとも思うと寂しさもありました。
ただ不妊症であることで妻に負担を掛けていることにも負い目もあり、ふたつ返事で「いつ病院へ行こうか」としかそのときは言えませんでした。

その後、病院へ行き顕微授精を試み、結果的にはうまくいかず、そう簡単なものではないと再確認をしたような形で、お互いに体調を整えることを大切に考えるようになりました。
もっとも確率が高く最終手段的なことも、もう僕らにとっては高確率では無くなっています。

それでも妻は排卵のタイミングで僕の布団に入り込み、僕のズボンを弄っては精子が注がれる行為を求めたこともありました。
僕は僕でそのタイミングで大きく立たせることができなかったり、そもそも射精がうまくできず出たのか出てないのか分からないほどのこともあったり。
もう普通に入れて出すという行為は難しいなと感じながら、妻への対応をしたというだけになりました。

妻は漢方薬を飲み、体調に気を配っています。
僕は仕事を最優先しているていを装いながら体を動かし、運動不足ならないことやストレス過多にならないようにしています。

ブログが気に入ったらご登録ください

【ブログランキングに参加してます】
こちらの応援をお願いします。
にほんブログ村 大人の生活ブログ 夫婦生活(性生活)へ
ブログランキング
ブログランキングならblogram

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Top