外出は妻の顔色と時計を見ながら

もともと胃痛を起こしやすい体質のようで、ちょっとしたときにシクシクと痛みます。
たいていは何かを食べたとき、キュッと掴まれるような、エンピツで突かれるような痛みを胃に感じます。
そんなときは刺激の強い物を食べすぎているか、意識せずに嫌なことが続いているか。
意識的に続いていることもありますが。

最近、少しシクシクと痛む傾向がありました。
嫌だなと思っていることはありますが、激しくストレスを感じるほどではなく、面倒だなと思う程度。
表立って遊びに出かけているわけではないですし、11月12月の連続した出張も落ち着いてきています。
忘年会があるわけではなく、胃に負担をかけているということもなく。

なのにシクシクとした感覚がありました。
記憶力も著しく低下していて、約束した日付を忘れてしまうことも多々。
メモを残してもそのメモが間違っていることも多く、年齢による物忘れというレベルも越えていると感じています。

きっとこれは気持ちに余裕が無いのだと自分なりに解釈をし、休んでいるようで休めていないということや、リラックスをしている時間が無いのではないかと考えました。

基本的に毎日仕事をしていますが、日曜日は仕事をせずに子供との時間を過ごす日と決め、できるだけ効率的に仕事をしようとしているうちに、大好きな外出も出張だけの時間になっています。
僕の都合の良い解釈では、きっと遊びに出かけることが少ないからだという結果になりました。

元来、僕は室内の仕事を選んだにもかかわらず、外出がとても好きな性格です。
不定期にでも思い切り外の空気を吸いたいと思いながら仕事をしています。
子供と過ごす時間と、仕事を滞らせないことを第一に考えているうちに、自分のために外出をする時間を持てていないように思います。

妻に言わせれば、日中は時間があるのだから自由にすれば良いと言うと思います。
しかし僕の気持ちでは限りある時間を遊びに当てると、どこかで仕事をしなければならず、それが家族との時間や、眠る時間を圧縮することになると感じてしまうのです。

「遊んでいたから時間が無い」
妻にそう思われるのが癪で、そう思われないことが最も大事なことになっています。
だから堂々と遊びに行くこともせず、狩りに出かけても、どうやったら遊んでいたと思われないようにするか、時計を見ながら慌てて帰ってきます。

最近、妻が風邪を引いたようで、体調面は問題がないと言っていますが声は酷い有様です。
それでも元気な様子なので、子供に風邪が遷る前にと思い「遊びに行って良い?」とひと言聞いてみました。

子供まで風邪を引くと、一週間以上、日中は看病をして仕事は夜中という生活が続きます。
そこから僕が体調を崩していくという流れが、ここ3ヶ月くらいでできあがっているので、そんな恐れもあっての言葉でした。
もちろん外出できそうなタイミングを計り続けていたということもあります。
仕事の様子、子供の様子、僕自身の気持ちと体調と。

僕のひと言を聞いた妻は、表情を固まらせて低い声で「どうしたらそんな言葉が出るのか分からない」と言いました。
子供の心配だけじゃなくて、私の心配は無いのか?と。

それを言うなら、僕が親知らずを抜いたとき、風邪を引いて隔離されていたとき、ここ数ヶ月間の深夜までの仕事が続いたとき、打ち合わせから帰ってきて話しを整理する間もなく、家のことを話されたとき。
数え上げればキリがないほど、心配をして欲しいと思ったことはありました。

仮に僕が「胃が痛い」と言えば、病人のように扱われたり、気を遣うあまりに普段とは違いすぎることをし出して、それを「そこまでしなくても」と言えば不機嫌になって僕が謝ることになり。
そんな流れが簡単に想像できるから、体調や思っていることも言わなくなりましたが。

詰まるところ。
堂々と外に出て、帰ってきたら楽しそうに話しを聞いて欲しいのです。
なぜオドオドしながら出かけて、できるだけその話題にならないようにと気を配る必要があるのか。

僕自身がとても不思議です。

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