初めて親知らずを抜く



「親知らずを抜く」
そう話しても大袈裟に捉えられることは少ないようです。
僕自身、簡単なものと考え、気軽に返事をしていました。
先日、親知らずを抜きました。
大人になる前に、たいていの人は親知らずがどこにあるのか、どんな風に生えるのかという知識を身につけると思いますが、親知らずは口の一番奥にあります。
ちょっと調べてみたら、第三大臼歯という正式な名前があり、智歯とも呼ばれるそうです。
歯医者へ行ったときには8番目の歯と呼んで教えてもらいました。
奥歯としてもかなりサイズが大きいようで、話しには「見たことも無い大きさ」と聞いた記憶があります。
そんな親知らずを抜くことになったのは虫歯が原因です。
僕は歯が弱いのか虫歯になりやすく、歯磨きは好きで欠かすことがない上、時間も人並み以上です。
磨き方は下手かもしれません。
けれども、歯磨きが不定期だった妻よりも虫歯になります。
歯医者に行くたび、問診を受け口の中をチェックされる度に「宝の山・虫歯の宝庫」と伝えています。
以前、差し歯を取ってしまった際に、虫歯のチェックを受け、そのまま治療が続いているのですが、歯医者さんの治療はいよいよ口の最奥部にまで伸びてきました。
それまで虫歯の可能性はあってもなかなか手を付けられなかった親知らず。
「抜いて下さい」と伝えても抜いてもらえなかった場所です。
その親知らずが歯磨きのしづらさや、歯と歯の隙間を生み、虫歯になりました。
抜かなければ治療ができない状態です。
いつもの歯医者とは別に口腔外科を予約し、指示のあった親知らずを抜くことになりました。
歯医者は診察室と呼ぶのが正しいのか、治療室・処置室と呼ぶのが正しいのか迷います。
どちらにしても名前を呼ばれたら中に入るのですが、最初にレントゲンを撮って状況を確認しました。
写真を見せてもらうと見覚えのある歯並びと頭蓋骨。
問題の親知らずは横向きに生えていました。
まるで7番目の歯に向かっているかのように。
僕のように横向きに生えている親知らずは、アゴを切開し、親知らずを3分の1ほど露出させてから抜くという説明を受けました。
そして抜く際に神経を傷つける可能性があることや、後遺症が残るかもしれないというリスクを説明され、署名をして抜歯に入ります。
念入りに麻酔をしてもらったのですが、痛いことは分かりきっているので、ドキドキと心臓が高鳴ります。
10分か20分か。
麻酔が効いてくるまで待つのですが、その間、歯科衛生士さんがずっと傍らで話しかけておしゃべりをしていました。
歯磨きはどれくらい?抜歯は緊張する?どんな仕事を?
という何気ない会話。
不安や緊張を和らげようとしてくれているのかもしれませんが、麻酔の効いてきた口元ではちょっとそれも鬱陶しく感じます。
そして抜歯の時間がやって来ました。
もう口の中は何をされても感覚がありません。
ただただ大きく口を開けて、とてもアゴが疲れるという状態のまま。
説明をされたアゴの切開はどういう段階で行われているのだろうか。
何かでの器具で挟んで力いっぱい引き抜くのは知っているが、それはいつやってくるのだろうか。
手順はアゴの切開後に、いったん親知らずを切り、7番目の奥歯との間に隙間を作ることになっていました。
横向きにしっかり生えているため、隙間を作らなくては引き抜けないとのこと。
大きそうなドリルが口の中に入れられ、歯を削る匂いと音を感じながら、麻酔をしてもコレは痛いものなんだと知りました。
アゴが切開される痛みよりも、歯を削られる痛みの方が大きいようでした。
何かで親知らずを挟まれて力を込められると、今にもアゴが外れてしまいそうで、奥の方でブチブチと引きはがされるような音がします。
今どこまで進んだのか知りたいような、知ることができないのは分かりきっているような。
猛烈に掛かってくる力をどこまで我慢すれば良いのか。
不安と痛みを感じながら時間が過ぎていきました。
どれくらい時間が掛かったのか分かりません。
「非常に立派な親知らずです」と先生が教えてくれました。
その段階では抜けていないようでしたが、もうじきという雰囲気がありました。
僕にしてみれば途中経過よりも済んだときに教えて欲しい気持ちでしたが。
麻酔は大したもので、歯を削られているとき以外は痛みを感じず、何をされているのか感覚がおぼろげでまったく分かりません。
「縫合して終わりです」と教えられたときの安心感、まだ口を閉じることができないのかというもどかしさ。
複雑な思いの中、親知らずの抜歯は終わりました。
20分ほど綿を噛んで止血をし、様子を見てもらってから帰されました。
歯を抜く際にアゴを開いているので、傷としてもかなり大きく、日常的にはあり得ない力がアゴに掛かっています。
その日はご飯を食べることもままならず、水を口に含んでも、頬を膨らませることはできませんでした。
抜歯中にはよほど我慢をしていたのか、手にアザができるくらいに握り拳を作っていたようで、親指が青くなっていました。
痛み止めや化膿止めをもらって飲んでいますが、当日の痛みや疲労感がピークで、安心して口に入れられるものは一切無く、ヨーグルトですら恐る恐る口に運ぶ程度。
翌朝も時間を掛けてゆっくりとご飯を食べます。
昼を過ぎて慣れもあるせいか、ようやく日常的に食べたり話したりできるようになりました。
それでも油断をすると、一番痛む部分に触れてしまったり、食べ物を挟んでしまったりと痛みを感じることをしてしまいます。
いまとなれば、抜歯を決めたときの気軽さは、親知らずを舐めていたとしか思えず。
あと3本もあること、1本は同じように横向きであることが恐怖でもあります。
どんなに綺麗に磨いていても、歯の向きや噛み合わせが悪ければ虫歯になる可能性は高く、いずれ切開し抜歯ということになるのだろうと思っています。