勃起に消極的になる

僕の場合は、男同士でもあまり口に出すことはありません。
下半身の元気具合がどの程度なのか。
刺激を受け、性的な興奮があれば当たり前のように大きくなり固くなるものと、男はいつまでも思っています。
しかし年齢を重ねればそれは鈍くなり、長い時間を要したり、微妙な体調の具合で叶わないこともあります。

僕は数年前から衰えを感じていました。
だからといって全く勃起が無いわけではなく、その気になれば状態を変化させることは可能でした。
それが自分の都合の良いタイミングでは無かったとしても。

子供が生まれ、家族という形がより強くなり、父親としての役目に家事であったり子守りのフォローが加わり、さらにローンの支払いや仕事の先行き安定など、気にすることも増えました。
妻と交わることもありません。

勃起という下半身の変化は、そんな生活の中では無駄な物になりました。
何のために固くなり大きくなるのかという答えが、ティッシュの中に放出するためだけのものになり、そのために不機嫌になったり集中力がなくなったり、ということも煩わしく思えることもありました。

それでも男としての本能は失いたくなく、女性にも興味を持ち、あわよくば関係を結びたいと思うところもあり、体調の変化と煩わしさ、男として維持したいことの矛盾した気持ちを持ち続けていました。

男同士でも話すことができず、軽く話したところ冗談のように受け取られたり、詮索されるように聞かれたりするのも面倒で、ますます話す機会は遠のきます。
悶々とした日々の中、出せばスッキリすることわけでもなく、いつ頃からか疲労感と無駄な時間を過ごした後悔が残るようになっていました。

妻に悩みとして話したところ、今の自分で立たせることはおろか、触れても微動だにしない状態、そもそも精子なんて出ないしいないかもしれない、という状態になるまで、なぜ放置していたのかと問われました。
自分ではこんなにも意識をしているのにと。

僕も矛盾した気持ちと悶々とし釈然としない中で、筋力トレーニングをし、食べる物に気を遣い、できるだけ女性の体に興味を持つようにしてきましたが、衰えや変化を止めることができないまま今に至っています。
まるで怠けていたかのように言われたことにショックを受けました。

妻からの話を聞くことはできませんでしたが、僕が勃起を煩わしいと思ったことがあることも、彼女なりにはショックなのではないかと思います。
ただ僕たち夫婦にとっては、子供を授かるための行為でしか無く、快感を楽しむこともお互いを気遣うコミュニケーションにもなっていないため、正直なところ人工授精になっている時点で僕はなんとかなると思っています。
最悪、切開をして取り出せば済むことだし、そこで1匹もいないのなら元から可能性も無かったのだと。
行為すら、そのための勃起ですら、僕にとっては価値がないものかもしれないと。
固くなったものを挿し入れる先も無いのですし。

出さずに、触れずに長くいると、反応自体も鈍ります。
逆に頻繁に触れて日常的に立たせていれば、出る量は減るし固さも足りませんが、立たせることは容易になります。

気持ちが落ち着くところも無いままに、僕の下半身は頭を垂れ、排泄に都合の良い体の器官となっています。

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