妻の知らないことの恐怖




振り返ってみると、きっとこういうことの繰り返しが、男が妻と話すのが面倒になる原因なのではないかと思います。
妻の話すことはたいてい正論で、男は身勝手なことを言っていると思わされ、好きなことをしたくても抑圧された気持ちになっていきます。
実際、妻から何かされたり言われたりするわけではありません。
ただこれまでの予期しない言葉の積み重ねで、一緒に喜んでくれたりチャレンジをしてくれたりということがなく、意気消沈するようなひとことばかりを投げかけられてきました。
確かにそれは正しいのです。
その正論は僕にとっては息苦しいのです。
決して悪いことはしていません。
むしろ喜んで欲しい出来事もあります。
喜んで欲しいから一番に伝えます。
楽しみを共有したいから楽しそうに話します。
チャレンジしたいから不安を克服するために励まして欲しくて話します。
でも妻からの言葉は正しいことばかり。
僕が欲しいのはそうじゃないのです。
先日、予期せず僕の趣味が自治体に取り上げられ、紹介されることになりました。
ウキウキとした気持ちで写真を送り、その後どうなったのか分からないくらいに時間が経ちました。
どうなったのか分からないので、誰にも話しはしませんでしたが、「こういうことになった」と校正されたデータが送られてきました。
僕だけのものだったデータが、自治体を通して様々な人の目に触れる形になりました。
嬉しくなって妻に話します。
一緒に喜んで欲しいと思い。
妻からすれば「どうやってそれを見つけられたのか?」がまっさきに気になり、不安な声でそれを質問します。
不安な声は、僕には趣味に時間やお金を掛けてしまったことで不満を投げかけられるのではないかと感じさせます。
そんな時間があれば・・・
それで収支は合ってるのか・・・
友人からも「よくお金を使ってる」と言われたことがあります。
実際、僕も計算機を叩き、それを認めたことがあります。
ただ自営業である僕には趣味を通じて出会いがあったり、仕事が広がったりすることがあります。
酒でも飲めれば、もっと分かりやすくそれができると思いますが、そうではないので幅広く趣味を持ち、人に語れるくらいにのめり込みます。
実際、それで仲間が増え、僅かながらも収入がありました。
趣味と考えれば僅かな収入でもヨシとするのですが、仕事の広がりや仲間との出会いを考えたら、収入と出費のバランスを考えなければ妻は納得しないと思います。
実際、どう思われるのか分かりません。
詳しく語っていないので。
ただ語りたくない経緯がこれまでにはありました。
楽しい気持ちをひっくり返されたり、チャレンジしようと相談したら計画前から甘いと言われたり。
結婚前に今後の事業計画を聞かれたこともありました。
今、僕はひとりの暮らしを続け、不便や寂しさを感じながらも仕事では不都合なことなく自由にしています。
生活のために仕事を遮られることもなく、ヒラメキや思いつきでチャレンジができています。
もし妻が帰ってきたら、ひとつひとつのことに説明が必要で、虫の居所が悪ければ時間と理論が必要になります。
もし僕の説明が不十分なら、余計な不安を感じさせてしまい、さらに時間を掛けての説得が必要になります。
そうこうしているうちに僕の気持ちは冷め、チャレンジはできなくなるのだろうと思います。
他の家庭ではどうなのでしょうか。
遊びに行くことや趣味に時間を使うこと。
もちろん家のことも家族のことも大事なのは分かっています。
先日、クライアントから「善意であっても話してはいけないことがある」と言われました。
僕は妻のことを思って話したことでも「善悪関係無しに話して大丈夫かどうか」ということを保身のために身につける必要があると。
どこまで気を遣わずに話すことができるのでしょうか。