雛人形を遅れて片付ける

新しく揃えた雛人形を仕舞いました。

雛人形は仕舞うのが遅くなると子供の婚期が遅くなると言います。
そういった昔からの言い伝えのたいていのものは、みっともないとかだらしないというようなところから来ているのだろうと思っています。

きっと婚期が遅くなるとでもいわなければ、いつまでも飾っておきたいと思う人も多かったのだと思います。
終わったらサッと仕舞うための謂われだと思って、僕も面倒だ面倒だと言いながら片付けました。

以前のブログでも書きましたが、僕は今、訳あってひとり暮らしになっています。
まだ生後数ヶ月の子供と妻は実家暮らし。

一緒に祝うはずの初節句は僕ひとりで迎えることになりました。
きっと妻も一緒に祝えなかったことを残念に思ってくれていると思い込むようにしています。

でなければ、家族がいる雰囲気だけがあるひとり暮らしの家。

僕には広すぎて静かすぎて。

仕事に集中できることや、広々としていること、静粛で過ごせること。
そんなことは全部がひとり取り残されたような寂しさを感じることにも繋がっています。

誰も見てくれない雛人形を僕ひとりで片付ける。
選んでいたときにはそんなことをひとつも想像しませんでした。

家に雛人形が届いたとき、一緒に飾り付けることを思いながら、そのままリビングに置きっ放しにしていました。
「こんなにもたくさんの箱が届いた」と言うために。

飾り付けるときには、「仕舞い方なんて覚えていないだろう」と言いながら、たくさんの箱から緩衝材と雛人形を取り出していました。

飾り付けた様子をほとんど見ることもなく、妻も子供も向こうの実家で暮らしています。
僕がひとりで目にしていることの多かった季節でした。

僕の両親が顔を出してくれましたが、家に迎え入れるのは僕ひとり。
お祝いの品を用意してくれたけれど、生もので食べきることができないので持ち帰ってもらいました。

それを妻に話したところ、写真に撮らなかったことをクドクドと何度も言われました。
返してしまったことで、「もう買ってもらえない」とも言われました。

冷蔵庫の中には食べきることのできない食材が賞味期限を過ぎ、徐々に黒ずんできています。

減らない食べものを見るたびに、同じ物ばかりを食べ続けるたびに、ひとりでいることを感じます。
キラキラとした雛人形は、部屋の一画を厭味のように華やかにしていました。
僕しかいないのに。

片付けるのが遅くなるのも縁起が悪いと思い、ひとりで仕舞い込みました。
僕すらほとんど寄りつかなかった雛人形のあった場所は、埃も溜まらずにキレイなままでした。

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