悩みごとに答えは求めていない




僕は人と接することが好きな性格だと思います。
そのわりにひとりの時間をしっかりと持てないと、人といる時間をストレスに感じて、それはそれで文句を言います。
面倒くさいと自分のことながら思いますが、そういう性格に育ってしまいました。
日頃、ひとりで仕事をしていると良いことも悪いことも全て自分で受け止めます。
たいていの場合は、訂正や修正があって、僕が原因であってもクライアントが原因であっても、会話の流れから僕が謝ることは良くあります。
きっと仕事をしている人達はみんな同じだと思います。
何かお願いするだけでも「お手数をおかけして申し訳ありませんが」と付けることは多いと思います。
謝罪ではないけれど、謝る言葉です。
謝る言葉の他に、相手を理解するために一度自分の考えを吐き出したい時もあります。
自分の考えを伝えることのできないクライアントに対して、自分思いをどこかで発散したいのです。
机を並べている同僚がいれば、それも簡単だと思います。
協力者がいれば同じ視点で話せると思います。
でも僕にはどちらもいません。
案件ごとに協力してくれる人はいても、その内容を全て理解して同じ方向に同じ力で進もうとしてくれる人はいません。
僕の仕事はひとりで気楽ですし、運良く必要とされていますが、こんな辛さもあります。
家に帰ってから何か
ということもありません。
仕事場を1歩出ればプライベートな空間です。
逆をいえば、1歩入れば仕事です。
この極端に仕事とプライベートが接近している環境は、必ずしも良いことばかりではありません。
いつでも生活のために自分の時間が使える反面、いつまでも仕事から離れることができません。
妻や子供のことを考えながら仕事をしたり、仕事の最中に妻や子供の時間を割かなければならないことも多々あります。
そして仕事の悩みを持ったまま、プライベートに戻ることで感情のコントロールができないまま食卓に着いたり、妻の話を聞いてイラついたりと、問題を引き起こすこともあります。
そんな中で、このブログを書こうと思って何年か続けています。
このブログには愚痴や文句をたくさん書いています。
主には妻への悪口になっていますが、そこには仕事のイライラが募った結果であったり、うまくいかないこと、伝わらないことなどなど。
そんな全てが混ぜられて妻へ当たり散らしているブログになっています。
僕の悩みや愚痴は、同じような職種の同じような環境の人でしたら共感されるところもあると思いますが、多くは分かってもらえ無い物だと思っています。
だからこそ、どんなに愚痴っていてもそれを聞いてもらうことがありがたくて、逆にいえば答えは求めていないのです。
僕は吐き出そうとしているだけ。
新たに何かを吸収して、吐き出す必要がなくなることは望んでいないのです。
悩みごとや愚痴の全てが解決したいことではないということです。
何度もコメントを下さる方は、なんとなくですが僕も人となりを感じることもできるし、僕のことへの理解度も深い方だと思います。
中には偶然見つけて、コメントという形で声を掛けてくれる方もいます。
僕にはどこの誰だか分かりませんが、賑わいを感じることができるので、それはそれで嬉しく思います。
僕のことから話題を変化させて自分のことだけを伝える方もいます。
この人も聞いて欲しいだけなのかなと思って見ています。
どこの誰だか詳しく分からないからか、ぶしつけに質問ばかりを投げかけられることもあります。
僕自身のことよりも、このブログに書かれていることに共通点を見つけたんだなと思っています。
本当ならスナックや居酒屋で吐き出すようなことです。
それが僕にはできないのでインターネット上で公開しています。
そこには答えは求めていないし、ただ垂れ流して吐き出していたいと思うのです。