僕の悶々と妻の悶々




僕の悶々とした気持ちは、そのまま妻の悶々とした気持ちになり、夜から朝に掛けて何度か話し合いがありました。
途中で何度も子供の泣き声に遮られながら。
僕は僕で子育てに参加もできなければ、仕事しかすることのできない不満。
以前のように家事もできるし、子守りもできる。
けれど仕事だけしていれば良いのなら、家に閉じこもっている必要も無く趣味にも時間を使いたい。
妻は僕が仕事に集中できるようにという気持ちもあり、これくらいなら自分でできるという気持ちもあり、できる限り声を掛けずにしていたようです。
でも本心ではもう少し絡んで欲しいと。
以前から僕は疎外感を感じ、家にいることの窮屈さを感じ。
それは義母が手伝いに来てくれたときに、まるっきりお客様のように僕を扱われたところから始まっていました。
手伝いに来てくれているときだけの期間限定だから、その間は僕は関わらずに仕事だけをしていれば良い。
そう自分で納得して子供に触れることも無く、顔を見るのも1日に数分。
もしかしたら数十秒程度。
そういう日を過ごしていました。
義母が帰ってからも状況はすぐには変わらず、妻には僕が遠慮していた気持ちも伝わっていなかったこともあり、“子育てに興味の無い人”と見られていたようでした。
僕が参加しようとしてもできない悶々とした気持ちと、参加しようとしない人に見えていた妻の悶々と。
それは数時間の話し合いになり、お互いに愚痴を言い合い。
ズレていたところは共有できました。
結果的にルール作りができたわけでもなく、変化といえば僕は関わりやすくなったくらい。
きっとそのうちに仕事の時間が取れないと、僕が文句を言うことが増える気もしますが、ひとまずは少し家族に近づけそうです。